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世界遺産・日光大紀行

世界遺産の日光を中心に、日本有数の広さをもつ、大日光市域の自然、登山、歴史、世界遺産群を巡ります。

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 世界遺産・知床(9) 「知床五湖」(3)



  




  
   知床第一ホテル





更に、「知床五湖」について、


この大自然の作り出した大いなる芸術作品には誰もが驚かされる。
不思議なことに、この湖には流れ込む川も流れ出る川もないという。

それなのに四季を通じてなみなみと澄んだ水を湛え続けているのは、実は知床連山の水源とする地下水がこの五つの湖の下に湧き出していて、湖の水はすべてその地下水で満たされているという。
この水は再び地下を通って、断崖から染み出し、海に流れ落ちているのである。知床連山の噴火や造山活動で所々に窪地が出来、そこに次第に地下水が沁みこむようになって五湖が形成されたものであろう。
尚、雪解けの冠水期になると、更に、森の中に数個の沼、湖沼が出現するという。



ところで、名所「知床五湖」の名前を付けたのが、ウトロ地区で最大規模の施設を誇る「知床第一ホテル」の創業者、上野茂樹さんであったという。

先般、お上さん(妻)とお世話になったホテルでもあった。
元々、地元で畜産業を営んでいたが、斜里町役場の時代、通算20年間の間に陳情その他の仕事でよく東京へ出張し、
その時、新橋第一ホテルに泊まったのが心に残り、「あんな立派なホテルをつくってみたい。」と、将来に夢を託し実現したのが、その名も「知床第一ホテル」であったという。 


宿屋の経営は素人だったが、お客様の立場からいえばプロだ、との意識で経営を始めたいう。 
斜里町役場の時代、特に、産業課長となった上野氏は、斜里・知床の町起こし・発展に力を注ぎ、観光に意力を尽くしたという。

上野氏は、ウトロ奥地の開拓地近くに名前のない五つの沼があるのに目を付けた。 
観光のため名前を付けて地図を整備しようということになり、「五沼じゃ格好悪いから、知床五湖でどうだ」と、しかし、どう見ても大きさからして「湖」という規模ではないという異論もあったが、上野さんのその一言で決まっという。



近年になって、五湖の遊歩道がヒグマ出没で、時折全面閉鎖になっている状況に、上野を氏はじめ観光関連業者はいら立ちを強め、解決策として「高架木道」の設置を提案していた。
五湖のうち入り口に近い「一湖」、または「一湖」と「二湖」双方の周りにヒグマの登れない高い木道を造り、一般観光客はそこを歩いて見学する。 
それより奥は、猟銃を扱う許可を持つ知床財団のガイドが同伴することを条件に、一部見学を許すという案であったといわれる。



北海道の「ヒグマとイオマンテ(熊祭り)」について、

古来、アイヌの人々は「ヒグマ」をキムンカムイ(山の神)として崇めた。
「イオマンテ」とはアイヌの送り儀礼のことである。 

言葉としては「イ(ものを)」+「オマンテ(送る)」という意味であり、単にイオマンテという場合、熊のイオマンテを指すことが多い。 
冬の終わりに、まだ穴で冬眠している熊を狩る猟を行うが、そこに冬ごもりの間に生まれた小熊がいた場合、母熊は殺すが、小熊は集落に連れ帰って育てる。 

最初は、人間の子供と同じように家の中で育て、赤ん坊と同様に母乳をやることもあったという。 
大きくなってくると屋外の丸太で組んだ檻に移す、やはり上等の食事を与える。 

1年か2年育て、ある程度大きくなった後に、集落をあげての盛大な送り儀礼を行う。 
熊の姿を借りてアイヌコタン(人間界)にやってきたカムイをカムイコタンに送り返す儀式である。 
その際、小熊を森へ返すのではなく、殺し解体して、その肉をふるまうということなのである。


類似の熊送り儀礼は、サハリン周辺の北方民族など、ユーラシア・タイガ(シベリア地方に発達する、針葉樹から成る大森林)の内陸狩猟民族に広く見られており、イオマンテもその一種でもある。 

このことからイオマンテは、オホーツク文化の一端でもあるといえる。



次回、「五湖の入場規制





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