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世界遺産・知床(1) 「はじめに」 .



   
  知床半島全景(資料)






  知床はアイヌ語で「シリ・エトク」(大地の行きづまり、地の涯)を意味している。


北海道・知床が「世界遺産」に選定される以前に、何度か「知床」へは訪れている。
2003年9月北海道の道東旅行で、ウトロから知床観光船に乗って「知床半島」の東面の一部を観光した。


大勢の観光客を乗せて港を出た観光船「おーろら」は、サケ・マスなどの定置網を避けながら沿岸を行く。 まもなく、幌別の海岸に断崖を背にへばりつくようにポツンと取り残されたように漁業用の番屋が見えた。

ブユニ岬を過ぎると、いよいよ200メートル近い断崖絶壁、奇妙な形の海食洞などが続くようになる。 
地表に湧き出た地下水があちこちで滝となって流れ落ちている。 

観光遊覧は、西海岸の一部にすぎなかったが、半島の峻険な地形を認識できたように思う。

知床半島の海岸線は、切り立った断崖が続いている。  
そのため、今でも人々を寄せ付けない、大自然や野生生物のみが生息する世界である。



知床はアイヌ語で「シリ・エトク」(大地の行きづまり、地の涯)を意味し、言葉を和名に当てはめた地名である。 

江戸時代には東と西の蝦夷地の境界とされるなど、名実ともに北海道最果ての地であった。
このオホーツク海に突き出た長さ70km、幅20~40kmの細長い半島は、遠隔地で地形が険しく開発が進まなかったことから、国内で最も原生的な自然が保全された場所である。

この人跡を阻む海岸線は、長い時間をかけて波や「流氷」に削られ誕生したとも云われる。
冬、知床の海を覆いつくす流氷は、一緒に運ばれてくる栄養分であるプランクトンを養い、知床の海を豊かにする。

その豊かさは、アザラシなどの海獣類、海鳥やオオワシなど鳥類、海に生きる命がつながる糧となる。 
回遊して海の豊かさを体一杯に蓄えたサケの仲間は、ふるさとの川に遡上し、そこで山の生き物の餌となり、死体は土に返り知床の森を豊かにする。

生きるものと死んで行くもの、海と山の栄養の循環である命の輪が、知床の価値を高めているのである。
それは知床半島の独特の地形にもあった。
知床半島は長さで約70キロ海に突き出し、幅は基部で40キロあり、中央部には1500メートル級の山々が屏風のように連なっていて、豊かな森林を造り出している。

そこの中央帯には硫黄山のような活火山も在り、海岸線には「カムイワッカの川」などの温泉も噴出している。


知床の東海岸にしても西海岸に比べ、まだまだ厳しい自然のままの素朴な知床をかいま見る事が出来る。 
羅臼から道道87号(知床公園羅臼線)が細々と延びているが、そのどんづまりが「昆布沢」辺りで、この先は道も人家もなく、有るのは断崖と漁師の番屋だけである。


タラ、レバで申し訳ないが・・、
「知床半島」が、もし海岸線に砂浜もある平坦な地域が含まれているならば、人々が容易に近づくことができ平凡な半島になっていたのかも知れない。 
海岸を掘れば浅い所で温泉が湧きだし、奥に入れば珍しい自然が広がり、近海は豊かな漁場が広がっている。

人々はこの地に生活環境を整い、温泉地を造りあげて観光客を招き寄せ、次第に自然を侵食するようになるのは必定であろう。


「シリ・エトク」で大自然が残され、流氷によって生物、動物の自然循環が生かされている知床半島は、「世界自然遺産」に登録された。


次回、「流氷について」





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