忍者ブログ
世界遺産の日光の寺社群、
カレンダー
02 2024/03 04
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カウンター
フリーエリア
[112] [111] [110] [109] [108] [107] [106] [105] [104] [103] [102
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

.




 世界遺産 日光大紀行(15) 「日光・足尾地区・3」  .



昔の、この足尾の庚申山信仰は、全国の庚申信仰の総本山とも言われる。
因みに、庚申信仰の祖神は猿田彦のことで、道祖神とも言われる。
参拝登山道に登山の目標となる道標、安全を祈願するための道祖神が祀ってあるのは極めて自然である。



猿田彦(サルタヒコ)は、日本神話に登場する祖神で、「古事記」や「日本書紀」の天孫降臨の段に登場してくる。
邇邇芸尊(ニニギ)が天降りしようとしたとき、高天原から葦原中国(日本国土)までを照らす神がいた。 

その神は鼻が長く、背丈は大きく、目が鏡のように、ホオズキのように照り輝いているという。 
そこで天照大神(アマテラス)、その神の元へ遣わして誰であるか尋ねるよう命じた。 
その神は国津神(天津神は高天原にいて天降った神の総称、それに対して国津神は地に現れた神々の総称とされている)の猿田彦で、邇邇芸尊らの先導をしようと迎えに来たのであった。

猿田彦は天孫降臨の際に道案内をしたということから、道の神、旅人の神とされるようになり、道祖神と同一視されているのである。




庚申山信仰 ・猿田彦神社  .

足尾の庚申山地域は、古来より庚申信仰における全国の本山でもあったと伝えられ、猿田彦大神を奉祀し、大己貴命(大国主命)、少彦名命の2神を配祀された地域である。 
猿田彦神社は、銀山平より46丁の地にあって、奥の院は皇海山頂にあり、祭神は猿田彦大神で、社は始め三猿堂、明治には赤岩神社、大正に猿田彦神社となったとされる。 

江戸・元禄年間に佐野一信が、安政年間には大先達・松翁行者(丹後屋安右ヱ門と同人)により参道が整備された。 

特に江戸講中を通じ庚申信仰は大いに広まり、社殿、社務所、参籠所などもを建立した。

ただ、庚申山・猿田彦神社の社殿、宿坊などは昭和21年に焼失、現在は跡地となっている。



次回、 「日光・足尾銅山・1




【小生の主な旅のリンク集】

《日本周遊紀行・投稿ブログ》
GoogleBlog(グーグル・ブログ)   FC2ブログ   C・掲示板   FC2 H・P   gooブログ   yahooブログ

《旅の紀行・記録集》
「旅行履歴」
日本周遊紀行「東日本編」   日本周遊紀行「西日本編」   日本周遊紀行 (こちらは別URLです)  日本温泉紀行 

【日本の世界遺産紀行】
北海道・知床   白神山地    紀伊山地の霊場と参詣道   安芸の宮島・厳島神社   石見銀山遺跡とその文化的景観   奥州・平泉

東北紀行2010内陸部    ハワイ旅行2007   沖縄旅行2008   東北紀行2010   北海道道北旅行   北海道旅行2005   南紀旅行2002


【山行記】

《山の紀行・記録集》
「山行履歴」   「立山・剣岳(1971年)」   白馬連峰登頂記(2004・8月)   八ヶ岳(1966年)   南ア・北岳(1969年)   南ア・仙丈ヶ岳(1976年)   南アルプス・鳳凰三山   北ア・槍-穂高(1968年)   谷川岳(1967年)   尾瀬紀行(1973年)   大菩薩峠紀行(1970年)   丹沢山(1969年)   西丹沢・大室山(1969年)   八ヶ岳越年登山(1969年)   奥秩父・金峰山(1972年)   西丹沢・檜洞丸(1970年)   丹沢、山迷記(1970年)   上高地・明神(2008年)

《山のエッセイ》
「山旅の記」   「山の歌」   「上高地雑感」   「上越国境・谷川岳」   「丹沢山塊」   「大菩薩峠」






PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Copyright (C) 2009 日光の世界遺産、二社一寺、, All right Resieved.
*Powered by ニンジャブログ *Designed by 小雷飛
忍者ブログ / [PR]