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世界遺産・日光大紀行

世界遺産の日光を中心に、日本有数の広さをもつ、大日光市域の自然、登山、歴史、世界遺産群を巡ります。

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90、日光の世界遺産;二社一寺 「東照宮・拝殿、石の間 本殿・Ⅱ」




 http://www.uraken.net/kenchiku/shrine/28.jpg



http://ts3.mm.bing.net/th?id=HN.608018677596422200&pid=1.7
左から拝殿、石の間 本殿




拝殿に上ると将軍着座の間、法親王着座の間と呼ばれる其々の間があり、それらの欄間には三十六歌仙(平安期の著名な36人の歌人)が並び、天井にはそれぞれ違った龍の絵が狩野一派によって描かれ、本殿には家康が神格化したといわれる東照大権現が安置されています。

拝殿の右手から18畳余の将軍着座の間に通じていて、二間の部屋は手前が家来が座るとところで、奥が将軍が座るところと決められていたといいます。 
部屋中央の天上画には三葉葵が描かれていて、これを目印にして将軍が座ったといわれます。

又、この拝殿は当時は大名でないと入ることが出来なかったそうで、座る順番にも其々に決めが有ったらしく、無論、位の上の大名ほど、上座に座ることができたといい、格式によって拝礼の位置が厳格に決められていたとされます。

ところで、拝殿の将軍着座の間は、徳川宗家の参拝のときにのみ使われたそうで、徳川幕府の期間に将軍がこの東照宮を参拝したのは、19回程あったそうですが、そのうちの10回が三代将軍・家光だといわれます。

この時代は、江戸から概ね3泊4日をかけて参拝に来たそうであるが、10代将軍・家治の時は、先頭の行列が日光に到着したころ、一行の最後尾はまだ江戸城を出ていなかった・・?、とされる程、壮大、長大で華麗な行列だったとも言われます。



次回、日光東照宮  「石の間と本殿」










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