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世界遺産の日光の寺社群、
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 世界遺産 日光大紀行(15) 「日光・足尾地区・3」  .



昔の、この足尾の庚申山信仰は、全国の庚申信仰の総本山とも言われる。
因みに、庚申信仰の祖神は猿田彦のことで、道祖神とも言われる。
参拝登山道に登山の目標となる道標、安全を祈願するための道祖神が祀ってあるのは極めて自然である。



猿田彦(サルタヒコ)は、日本神話に登場する祖神で、「古事記」や「日本書紀」の天孫降臨の段に登場してくる。
邇邇芸尊(ニニギ)が天降りしようとしたとき、高天原から葦原中国(日本国土)までを照らす神がいた。 

その神は鼻が長く、背丈は大きく、目が鏡のように、ホオズキのように照り輝いているという。 
そこで天照大神(アマテラス)、その神の元へ遣わして誰であるか尋ねるよう命じた。 
その神は国津神(天津神は高天原にいて天降った神の総称、それに対して国津神は地に現れた神々の総称とされている)の猿田彦で、邇邇芸尊らの先導をしようと迎えに来たのであった。

猿田彦は天孫降臨の際に道案内をしたということから、道の神、旅人の神とされるようになり、道祖神と同一視されているのである。




庚申山信仰 ・猿田彦神社  .

足尾の庚申山地域は、古来より庚申信仰における全国の本山でもあったと伝えられ、猿田彦大神を奉祀し、大己貴命(大国主命)、少彦名命の2神を配祀された地域である。 
猿田彦神社は、銀山平より46丁の地にあって、奥の院は皇海山頂にあり、祭神は猿田彦大神で、社は始め三猿堂、明治には赤岩神社、大正に猿田彦神社となったとされる。 

江戸・元禄年間に佐野一信が、安政年間には大先達・松翁行者(丹後屋安右ヱ門と同人)により参道が整備された。 

特に江戸講中を通じ庚申信仰は大いに広まり、社殿、社務所、参籠所などもを建立した。

ただ、庚申山・猿田彦神社の社殿、宿坊などは昭和21年に焼失、現在は跡地となっている。



次回、 「日光・足尾銅山・1




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